映画の歴史
1893年(明治26年) トマス・エジソン、覗き見式キネトスコープをシカゴ万博に出品
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1895年(明治28年) フランスのリュミエール兄弟、映写式シネマトグラフをパリのグランカフェで初公開
1896年(明治29年) 神戸でキネトスコープを初公開
1897年(明治30年) 日本で初めて映画の撮影に成功
1898年(明治31年) イギリスで映画製作開始
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1900年(明治33年) 吉沢商店が国産映写機を初発売
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1902年(明治35年) 世界初のSFX映画「月世界旅行」が仏で完成
1903年(明治36年) 世界最初の西部劇「大列車強盗」完成
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1905年(明治38年) 米最初の映画館ニッケルオデオンがピッツバーグに開館
イタリアで初の本格的劇映画「ローマの占領」製作
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1908年(明治41年) 日本初の目黒撮影所を吉沢商店が完成
1909年(明治42年) パリで万国映画製作者会議開催
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1911年(明治44年) ネスター・カンパニー、ハリウッドに最初の撮影所を開設
1912年(明治45年・大正元年)日本活動写真株式会社(日活)設立
ロシア初の撮影所完成
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1915年(大正4年) ハリウッドに撮影所都市(ユニバーサル・シティ)完成
1916年(大正5年) 米ユニバーサル社が日本支社を開設
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1918年(大正7年) チャップリン、ハリウッドに撮影所を建設
1919年(大正8年) ソ連でレーニンが映画事業の国営化に署名
日本の映画雑誌「キネマ旬報」創刊
1920年(大正9年) 松竹キネマ合名社設立
蒲田撮影所完成
1921年(大正10年) 女優スター第1号の栗島すみ子が登場
独で表現主義映画製作が流行
1922年(大正11年) 米テクニカラー社、同社初のカラー映画製作
1923年(大正12年) ウ オルト・ディズニーが兄とディズニー・ブラザーズ撮影所を開設
米映画の市場席巻に対し英で国民映画連盟設立
関東大震災で在京撮影所機能が京都へ移転
1924年(大正13年) A・G・ベルの研究所、現在の光学トーキー方式を完成
ソ連で革命映画協会設立
1925年(大正14年) 阪東妻三郎、「阪妻プロ」を創立
1926年(大正15年・昭和元年)ワーナーブラザーズがトーキー第1作公開
1927年(昭和2年) 米、映画芸術科学アカデミー設立
1928年(昭和3年) ディズニー、「蒸気船のウィリー」でミッキー・マウス初登場
1929年(昭和4年) 第1回米アカデミー賞授賞パーティ開催
仏、英、独で初のトーキー映画公開
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1931年(昭和6年) 米映画「モロッコ」が初の字幕入りで日本公開
国産の最初の完全トーキー「マダムと女房」公開
1932年(昭和7年) ギャング映画が米で大流行、社会問題化
伊で第1回ベネチア国際映画祭開催
1933年(昭和8年) 世界恐慌の影響で全米の映画館6000館が休館
独ナチスが宣伝省に映画局設置
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1935年(昭和10年) 20世紀フォックス映画社設立
1936年(昭和11年) 松竹大船撮影所完成
1937年(昭和12年) ディズニー、初の長編カラーアニメーション「白雪姫」製作
松竹株式会社、東宝映画株式会社設立
日本で外国映画の輸入制限開始
満州映画協会設立
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1939年(昭和14年) 「風と共に去りぬ」完成、アトランタ市でワールド・プレミア
仏で戦争のため映画製作中止
日本で映画法施行、外国映画興行を制限
1940年(昭和15年) ベネチア国際映画祭が中止
日本で映画興行が許可制となる
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1942年(昭和17年) 大日本映画製作株式会社(大映)設立
日本で映画製作会社を統合、松竹・東宝・大映3社に
1943年(昭和18年) 東宝株式会社設立
日本で学生の映画鑑賞禁止
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1945年(昭和20年) GHQが13項目の映画製作禁止条項を通達、超国家・軍国・封建主義的映画の焼却を指令
1946年(昭和21年) 米の年間観客動員数、史上最高(約47億人)
第1回カンヌ国際映画祭開催
アメリカでテレビの本放送開始
東宝が第1回ニューフェイスとして三船敏郎らを選抜
1947年(昭和22年) 新東宝映画製作所設立
1948年(昭和23年) 仏で映画保護法が成立
1949年(昭和24年) 日本に映画倫理規程管理委員会(映倫)発足
1950年(昭和25年) 米でテレビの影響により年間観客動員数が30億人を割る
1951年(昭和26年) 第1回ベルリン国際映画祭開催
東映創立
黒澤明監督「羅生門」がベネチア国際映画祭でグランプリ受賞
日本初の国産カラー映画「カルメン故郷に帰る」公開
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1953年(昭和28年) 「君の名は」空前のヒット
オードリー・ヘプバーンが「ローマの休日」でハリウッドデビュー
マリリン・モンローの<モンロー・ウオーク>が評判
米でカラーテレビの本放送開始
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1955年(昭和30年) ジェームス・ディーンが交通事故死
1956年(昭和31年) 女優グレース・ケリーがモナコのレーニエ国王と結婚
「太陽の季節」などの太陽族映画に非難集中
日本で12月1日を映画の日に制定
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1958年(昭和33年) 「嵐を呼ぶ男」ヒットで石原裕次郎人気爆発
日本初のカラー長編アニメ「白蛇伝」公開
日本の映画人口史上最高を記録(11億2745万人)
1959年(昭和34年) 第1回モスクワ国際映画祭開催
1960年(昭和35年) 日本の映画館数史上最高7457館
1961年(昭和36年) 日本初の70ミリ映画「釈迦」製作
1962年(昭和37年) マリリン・モンローが謎の死
1963年(昭和38年) 東映の任侠やくざ路線の先駆け「人生劇場・飛車角」公開
1964年(昭和39年) 伊でマカロニ・ウェスタンの製作が盛んになる
日本で外国映画の輸入自由化全面実施
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1967年(昭和42年) 雑誌「タイム」の「俺たちに明日はない」特集記事に<ニューシネマ>という言葉が登場
1968年(昭和43年) 仏5月革命でカンヌ国際映画祭中止
1969年(昭和44年) 西独で製作映画の3分の2がポルノ映画
「男はつらいよ」公開
1970年(昭和45年) 万博を記念して第1回日本国際映画祭開催
1971年(昭和46年) 日活がロマンポルノ路線スタート
大映倒産
1972年(昭和47年) チャップリンがアカデミー賞名誉賞受賞のため20年ぶりに渡米
警視庁が日活ロマンポルノを摘発
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1974年(昭和49年) 米映画「大地震」公開でパニック映画ブーム起こる
1975年(昭和50年) 仏でポルノ映画が全面解禁
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1977年(昭和52年) チャールズ・チャップリン死去
1978年(昭和53年) 第1回日本アカデミー賞開催
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1980年(昭和55年) 黒澤明監督「影武者」がカンヌ国際映画祭でグランプリ受賞
1981年(昭和56年) 元俳優のロナルド・レーガン、米大統領に就任
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1985年(昭和60年) 第1回東京国際映画祭開催
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1987年(昭和62年) 石原裕次郎死去
1988年(昭和63年) にっかつがロマンポルノ路線を終了
1989年(昭和64/平成元年) ソニーが米コロンビア映画を買収
美空ひばり死去
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1993年(平成5年) 「ジュラシック・パーク」公開で恐竜映画ブーム
にっかつ倒産
オードリー・ヘプバーン死去
1994年(平成6年) 米で西部劇が復活
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1997年(平成9年) 三船敏郎死去
1998年(平成10年) 「タイタニック」が世界中で大ヒット
黒澤明監督死去
1999年(平成11年) 「スターウオーズ/エピソード1」公開
1939年 米 風と共に去りぬ
1940年 米 チャップリンの独裁者
1949年 米 第三の男
1950年 大映 羅生門
1952年 仏 禁じられた遊び
1953年 米 シェーン
1954年 東宝 七人の侍
1955年 米 エデンの東
1956年 米 十戒
1959年 米 アンネの日記
米 お熱いのがお好き
米 ベン・ハー
1960年 仏・伊 太陽がいっぱい
米 荒野の七人
1961年 米 ウェスト・サイド物語
米 ティファニーで朝食を
1962年 英 アラビアのロレンス
米 史上最大の作戦
米 007/ドクター・ノオ
1963年 米 鳥
1965年米 サウンド・オブ・ミュージック
1967年 米 卒業
米 俺たちに明日はない
1969年 米 イージー・ライダー
1970年 伊 死刑台のメロディ
1977年 米 未知との遭遇
1980年 黒澤プロ・東宝 影武者
1982年 英・インド ガンジー
米 E.T.
1994年 米 マスク
1997年 米 タイタニック
米 スターウオーズ/ジェダイの復讐 特別編